2016年2月15日月曜日
特許関連の出願・登録・年金の印紙代が4月1日から減額
(詳細は、特許庁のサイト参照) 商標では、次の表に示すとおりです。現行の約75%になりますから、1/4減額となります。
2016年1月11日月曜日
自他商品の識別機能を有する商標としての使用か? ヨーロピアン不使用取消事件
知財高裁判 H27.9.30 H27(行ケ)10032 審決取消請求事件
事実の概要
1 本件は,被告が有する商標権について,原告が商標法50条に基づき不使用取消審判請求をしたところ,特許庁が審判請求は成り立たないとの審決をしたため,原告が審決の取消を求めた事案である。
2 原告が商標法50条1項に基づき請求した,本件商標の指定商品のうち,「コーヒー及びココア,コーヒー豆」に係る部分について商標登録の取消審判(以下「本件審判」という。)に対して、特許庁は,請求不成立の審決をした。
なお,ハウス食品株式会社は,平成11年4月26日,本件商標の登録につき,商標法3条1項3号及び同法4条1項16号に該当するとして,登録異議を申し立てたものの,特許庁は,本件商標の登録を維持する旨の決定をし,同決定は確定している。
3 審決の理由は,被告は,本件審判の請求の登録前3年以内に,日本国内において,取消請求に係る指定商品「コーヒー及びココア」の範ちゅうに属する「インスタントコーヒー」(以下「本件商品」という。)の包装袋(以下「本件包装袋」という。)の表面に,「ヨーロピアン」と「コーヒー」を二段に表示し,「ヨーロピアン」の「ン」の文字の右斜め上に小さくⓇ記号が付されている標章を使用しているところ,このうち「ヨーロピアン」の標章が,が付されており,本件商標と社会通念上同一の商標と認められるから,被告は,「ヨーロピアン」の商標を付した本件商品を譲渡しており(商標法2条3項2号),これにより本件商標と社会通念上同一と認められる商標を商標権者が使用していたことを証明したものと認められるというものである。
4 本件の争点は,① 被告の本件包装袋における「ヨーロピアン」標章の使用が自他商品識別機能を有する商標としての使用と認められるか,② 被告が,本件包装袋において,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用したかである。


判 旨
請求棄却、審決維持。
本件商標の商標権者である被告による本件商品における「ヨーロピアン コーヒー」商標の使用は,本件審判請求の予告登録がされた平成26年1月15日から遡って3年以内における,自他商品識別機能を有する商標の使用であり,かつ,本件商標と社会通念上同一と認められる商標の使用と認められると判断する。
1 認定事実
上記認定事実によれば,本件審判請求の予告登録がされた平成26年1月15日から遡って3年以内である平成25年11月16日及び同年12月5日に,被告は,日本国内において本件商標の指定商品である「コーヒー及びココア,コーヒー豆」に含まれる本件商品の包装袋に,「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章を表示して,これを販売したことが認められる。
2 本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章の使用は,自他商品の識別機能を有する商標としての使用と認められるか。
(1) 「ヨーロピアン」の文字をコーヒーあるいはコーヒー豆に使用している例としては,例えば,ベルギーのロンバウツが「ROMBOUTS」商標を付して販売している3種類のコーヒー豆には,それぞれ「ロイヤル」「マイルド」「ヨーロピアン」の3種類の品質を表す表示が付されており,また,オフィスリングが「A4カフェ12」商標を付して販売している3種類のコーヒー豆には,それぞれ「マイルド」「シアトル」「ヨーロピアン」の3種類の品質を表す表示が付されており,さらに,UCC FOODSが「UCC」の商標を付して販売しているコーヒー豆には,「ROYAL EUROPEAN」がその品質を表す表示として付されており,さらにまた,キーコーヒー株式会社が「KEY COFFEE」の商標を付して販売しているコーヒー豆には,「ヨーロピアンリッチ」あるいは「ヨーロピアンテイスト」がその品質を表す表示として付されており,そして,原告が「GEORGIA」のブランドを付して販売している缶コーヒーには,「EUROPEAN」との表示がそのコーヒーの風味(品質)を表すものとして表示されている例がある。
このような例について考察すると,「ヨーロピアン」の語は,他の自他商品識別機能が強い商標と併用されてコーヒーやコーヒー豆に使用されている場合には,単にコーヒーの品質を表示するだけであり,自他商品識別機能を有する商標として使用されているものとは認めることはできない場合が多い,ということができる。
(2) これに対し,本件包装袋には「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章が付されていることは前記認定のとおりである。本件包装袋には,このほかに,「無糖」,「お湯を注ぐだけ」との表示と「ホットコーヒーが入ったコーヒーカップの図柄」とが表示されているだけであり,これらが本件商品の品質や内容の単なる説明であって,商標として表示されているものではないことは明らかであり,本件商品には,ほかに自他商品識別機能を有する商標は使用されていない。そして,本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章は,いずれも同じ書体で同じ大きさの文字で,他の文字に比べると大きく,包装袋の表面上部の目立つ位置に表示され,さらにが付されて表示されているものである。これらの本件包装袋におけるが登録商標であることを示す記号として広く使用されていることを考慮すると,取引者及び需要者は,本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章が,本件商品の商標として本件包装袋に表示されていると認識し,理解するほかなく,その観念も「ヨーロッパ風のコーヒー」とかあるいは「深煎りの豆を使用したコーヒー」,「苦味が強いコーヒー」又は「コクが強いコーヒー」として認識されるものと認められる。
(3) 以上によれば,「ヨーロピアン」との標章は,コーヒーあるいはコーヒー豆に使用されている場合は,ほかに強い自他商品識別機能を有する商標と併用されているときには,単なる品質を表示するものとして使用されていると解される場合が多いものの,本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章のように,他の自他商品識別機能の強い商標と併用されることなく,単独で使用され,かつ,他の文字に比べると大きく,商品の目立つ位置に表示され,さらにが付されて表示されているときには,それ程強いものではないけれども,一応自他商品識別機能を有する商標として使用されているものと認められる。
(4) 原告は,本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章ないしその中の「ヨーロピアン」との表示は,当該商品が,深煎りの豆を使用したコーヒーであるなどというコーヒーの味等の品質を有するインスタントコーヒーであると認識されるものであり,自他商品を識別する機能を有する商標としての使用とは認められない,と主張する。
しかし,「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章からは,「ヨーロッパ風のコーヒー」とか深煎りの豆を使用したコーヒー等の観念が生じるとしても,本件包装袋には,同標章のほかには,自他商品識別機能を有する商標として表示されたものはないだけでなく,「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章は,他の文字に比べると大きく,本件包装袋の表面上部の目立つ位置に表示され,さらにが付されて表示されているのであるから,同商標に一応の自他商品識別機能があることは前記認定のとおりである。したがって,本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章の使用を自他商品識別機能のない商標としての使用であるとまでいうことはできず,原告の主張を採用することはできない。
3 本件包装袋に使用された「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章は,本件商標と社会通念上同一の商標であるか。
被告が本件包装袋に使用している「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章についても,「コーヒー」は,本件商品の名称に過ぎないものであるから,自他商品識別機能が全くないことは明らかである。そうすると,本件包装袋に使用された「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章に一応の自他商品識別機能があるのは,「ヨーロピアン」の標章によるものである。よって,本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章の使用は,「コーヒー」が商品の名称に過ぎない以上,本件商標である「ヨーロピアン」を単独で使用した場合と同様に解することができ,本件商標と社会通念上同一の商標の使用であると解すべきである。
4 結論
以上によれば,被告は,本件審判請求の登録前3年以内に日本国内においてその指定商品であるコーヒー等について本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用したことを証明したとする審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由はいずれも理由がない。よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
検 討
判決に賛成。
「ヨーロピアン(European)」という言葉は、「ヨーロッパ人の、ヨーロッパ風の」という意味を有する言葉としてわが国で普通に使用されており、指定商品「コーヒー」である取引の実情を考慮すると、「ヨーロピアン」は、「フレンチロースト」や「イタリアンロースト」などのような焙煎が深炒りの豆を使ったヨーロッパ風の濃いコーヒーをいう。したがって、指定商品について、本願商標は決して識別力が強い商標ではない。
しかしながら、(1) 使用証拠として提出された商品には、本件商標が大きく表示され、その右肩にⓇ記号が付されていたこと、(2) 他に識別力を表示する標章が表されていなかったことから、登録商標の使用を認定した。
この判決から、商標権者は、登録商標の使用に際して、Ⓡ記号を付して使用することが大切であることが確認できる。また、本件商標権者は、「ヨーロピアン」商標が普通名称とならないように努めることが重要であろう。
2015年9月11日金曜日
薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件] (その5)


いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁の判決(知財高裁判 H27・9・9 H26(ネ)10137号)がでました。5件目の高裁判決と思います。
原告(控訴人)は、薬について商標「PITABA」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。
原審は、東京地裁平成26年(ワ)第767号です。原審では、
「被告各商品に付された被告各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできない。」
と判旨し、原告の請求を棄却しました。
そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
(1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
(2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。
判旨:
『被控訴人各標章は,本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるから,商標法26条1項2号及び同項本文により,本件商標権の効力は,被控訴人各標章には及ばないというべきである。』
1. 被控訴人各標章の表示が指定商品等の品質等の普通に用いられる方法での表示(商標法26条1項2号)に該当するか(争点3)
(1) 被控訴人各商品の取引者・需要者について
被控訴人各商品は,いずれも医療用医薬品であるから,医師,薬剤師等の医療従事者がその取引者・需要者に当たることは明らかである。
次に,患者について検討すると,被控訴人各商品は処方箋医薬品に指定されているから,患者は,原則として,医師等の処方に基づいてその供給を受けることになるものの,被控訴人各商品の購入者(エンドユーザー)であり,また,患者が医師に処方薬の希望を伝えたり,患者の選択に基づいて薬剤師が被控訴人各商品を調剤したりすることもないわけではない(甲10,11)。また,錠剤に付されている刻印や印刷は,薬剤の誤使用を避ける目的でされているところ,いかなる薬剤であるかを最後に確認するのは,それを服用しようとしている患者自身であることに鑑みれば,患者もまた被控訴人各商品の取引者・需要者であるとして検討するのが相当である。
(2) 被控訴人各標章の表示が商品の品質等の普通に用いられる方法での表示に該当するといえるか
医療従事者を主たる構成員とする学会における研究発表や,医療用医薬品に係る特許公開公報等において,ピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムにつき,「スタチン」ないし「statin」以降を省略した「ピタバ」ないし「PITAVA」という表現が使用されていることが認められる(乙6ないし10,14,15,43,45)。そして,こうした研究発表や特許公開公報等において,字数やスペース等の制限などから,敢えてその場限りのものとして「スタチン」ないし「statin」以降を省略した表現を用いざるを得なかったと認めるに足りる事情はうかがわれない。また,Hmg-CoA還元酵素阻害薬には,ピタバスタチンのほかアトルバスタチン,フルバスタチン,ロバスタチン等があり,これらはスタチン又はスタチン系薬剤と総称されているところ,ピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムについても当該総称部分よりも前の部分である「ピタバ」をその略称として用いることはごく自然であることに鑑みれば,「ピタバ」は医療従事者の間においてピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムの略称として一般的に使用されているものと認めるのが相当である。
さらに,錠剤に識別コードとして会社コード及び製品コードが刻印又は印刷されることや,医療用後発医薬品の販売名には,原則として含有する有効成分に係る一般的名称が使用されていることは,医療従事者の間において周知の事実であるといえること,及び,前記認定の被控訴人各標章の使用態様,包装態様からすれば,医療従事者が被控訴人各商品に付されている被控訴人各標章に接したときには,これらを被控訴人各商品の有効成分の略称であり,これを普通に用いられる方法で表示しているものと認識すると認められる。
そうすると,被控訴人各標章は,本件商標権の指定商品である「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」の有効成分の一般的名称の略称である「ピタバ」を,普通に用いられる方法で表示しているものにすぎず,この点は,医療従事者において明確に認識されているものと認められる。
また,被控訴人各商品は処方箋医薬品であって,患者は,原則として,医師等の処方に基づいて被控訴人各商品の交付を受けるから,その有効成分が何であるかについて十分な知識を有しているとは限らず(医師及び薬剤師が患者に交付する処方箋及び薬剤情報説明書には,薬剤の販売名がほぼ例外なく記載されているものの,必ずしもその有効成分が明記されているとはいえず(甲25,乙38),医師等が患者に薬剤の有効成分についてまで説明をするのが通常であると認めるに足りる的確な証拠もない。),その他,前記認定の被控訴人各商品の販売名,PTP包装シートの外観,記載内容,文字等の体裁などをみても,患者が被控訴人各標章に接したときに,被控訴人各商品の有効成分又はその略称であると認識する可能性が高いということはできない。
もっとも,被控訴人以外の多くの製薬会社からピタバスタチンカルシウムを有効成分とする薬剤が販売されているところ,医療用後発医薬品の販売名には,原則として有効成分の一般的名称を用いることとされているから,おのずから被控訴人各商品と有効成分名において共通する販売名で当該薬剤が販売されることになる(乙39)。そのため,販売名をもって被控訴人各商品と他の製薬会社から販売されている薬剤とを区別するには,各販売名の後部に付された会社名等の部分によらざるを得ない。このことは,被控訴人各商品が処方される際,医師及び薬剤師から交付される処方箋及び薬剤情報説明書に,有効成分の一般的名称である「ピタバスタチンCa」と被控訴人の登録商標である「MEEK」を結合させた販売名の形式で薬剤の名称が記載されていることからも明らかである(乙38)。
そして,患者が被控訴人各標章を目にするのは,市場において流通している多数の薬剤の中から被控訴人各商品を選択する際ではなく,上記のような取引態様によって被控訴人商品の交付を受けた後,PTP包装シートや一包化された袋から被控訴人各商品を取り出して服用するまでの短時間かつ限定された機会にすぎない。』
『以上のような被控訴人各商品を含む医療用後発医薬品の販売名に係る実情や,被控訴人各商品の通常想定される取引態様,被控訴人各標章の表示の態様などに鑑みれば,被控訴人各標章は,取引者・需要者の一部である患者がこれを被控訴人各商品の有効成分の略称であると認識する可能性がそれ程高くないとしても,被控訴人各商品が医師の処方箋に基づいて患者へ譲渡されるものであり,その処方箋取引において重要な役割を果たしている医師,薬剤師などの医療従事者において,これが本件商標の指定商品の薬剤の有効成分の略称として表示されていることが明確に認識されている以上,客観的にみればこれを本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示する商標と認めるのが相当である。上記のような取引の実情に鑑みれば,患者の一部において,被控訴人各標章が被控訴人各商品の有効成分の略称であることを認識していないことが,上記認定を妨げるものではない。』
(3) 小括
以上によれば,被控訴人各標章は,本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるから,商標法26条1項2号及び同項本文により,本件商標権の効力は,被控訴人各標章には及ばないというべきである。
したがって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がない。』
検討:
本判決に賛成です。ただし、判旨に一部が疑問あります。
(1) 取引者・需要者について
本判決は、医師,薬剤師等の医療従事者のみならず、患者も需要者に該当すると認定しました。その理由は次のとおりです。
『・・・,患者は,原則として,医師等の処方に基づいてその供給を受けることになるものの,被控訴人各商品の購入者(エンドユーザー)であり,また,患者が医師に処方薬の希望を伝えたり,患者の選択に基づいて薬剤師が被控訴人各商品を調剤したりすることもないわけではない(甲10,11)。また,錠剤に付されている刻印や印刷は,薬剤の誤使用を避ける目的でされているところ,いかなる薬剤であるかを最後に確認するのは,それを服用しようとしている患者自身であることに鑑みれば,患者もまた被控訴人各商品の取引者・需要者であるとして検討するのが相当である。』
妥当です。これまでの高裁判決も該当商品の取引者・需要者に患者が含まれると認定しています。
(2) 商品の原材料を普通に用いられる方法で表示しているか(商標法26条1項2号の該当性)
しかしながら、患者に対して、被控訴人の商品(薬剤)の原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるのかについての理由は疑問です。
『患者が被控訴人各標章に接したときに,被控訴人各商品の有効成分又はその略称であると認識する可能性が高いということはできない。』つまり,患者が「スタバ」を原材料の略称とは認識しないことがあると認定しつつ,『患者が被控訴人各標章を目にするのは,市場において流通している多数の薬剤の中から被控訴人各商品を選択する際ではなく,上記のような取引態様によって被控訴人商品の交付を受けた後,PTP包装シートや一包化された袋から被控訴人各商品を取り出して服用するまでの短時間かつ限定された機会にすぎない』と判断しています。
患者が薬を購入するときPTP包装シートから被控訴人標章を視認することができるのであれば、患者に対しては、商品を購入する時点で自他商品識別力を発揮し得るということができるのでしょう。
(3) 商標的使用
原判決は、いわゆる商標的使用でないという理由で請求を棄却しました。
『被控訴人各商品である錠剤に付された「ピタバ」という被控訴人各標章は,医薬品の販売名等の類似性に起因する調剤間違いや患者の誤飲等の医療事故を防止する目的で,被控訴人各商品の有効成分がピタバスタチンカルシウムであることの注意を喚起するためにその略称を錠剤の表面に記載したものであると認められ,被控訴人各商品のような医療用医薬品の主たる取引者,需用者である医師や薬剤師等の医療関係者及び患者が被控訴人各商品に接したときにも,被控訴人各商品に付された被控訴人の会社コードでありかつ登録商標でもある「MEEK」等の表示と相まって,そのような表記として認識されると認めるのが相当である。
したがって,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできない。』
しかしながら、本判決では、この争点については判断しませんでした。被控訴人が、被控訴人各標章の表示が商標的使用でない(商標法26条1項6号)ことを主張立証できていなかったからかも知れません。
2015年9月5日土曜日
薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件] (その4)


いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁の判決(知財高裁判 H27・8・27 H26(ネ)10138号)がでました。4件目の高裁判決と思います。
原告(控訴人)は、薬について商標「PITABA」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分と
するコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を
販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。
原審は、東京地裁平成26年(ワ)第768号です。原審では、
「被告各商品に付された被告各標章に接した需要者等は,特に上記称呼の同一性により,本件商標との間で商品の出所に混同を来すおそれがあるということができる。」つまり、商標(標章)は類似すると。しかしながら、「商標登録の取消審判請求がされ,当該商標登録が取り消されるべきことが明らかな場合には,不使用取消制度及び商標権制度の趣旨に照らし,その商標登録に係る商標権に基づく差止め請求は権利の濫用に当たり許されないと解される。したがって,原告による本件商標権の行使は権利の濫用に当たり許されないと判断することが相当である。」
と判旨し、原告の請求を棄却しました。
そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
(1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
(2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。
判旨:
『被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当し,また,商品の「原材料」又は「品質」を「普通に用いられる方法で表示する商標」(同項2号)に該当するものと認められ,控訴人が有する本件分割商標権の効力は被控訴人各標章に及ばないものと認められるから,控訴人の当審における交換的変更に係る請求は,いずれも理由がないものと判断する。』
1. 商標法26条1項6号該当性(争点2)
『医師,薬剤師等の医療従事者であれば,「スタチン系薬」又は「スタチン系化合物」を説明する文献又は文脈の中で,上記表記がされた場合,それらが「ピタバスタチン」,「アトルバスタチン」,「ロスバスタチン」等を意味することを理解すること, ・・・
上記認定事実によれば,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩に関する部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。
そして,医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
一方で,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
また,被控訴人各商品は,医師等の処方箋により使用する「処方箋医薬品」であり(前記1(1)イ(ア)),被控訴人各商品と他の薬剤とが一つの袋にまとめて包装される「1包化調剤」により処方される場合があるが,この場合,患者は,1包化した袋を開封し,その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することはないのが通常である。もっとも,患者は,1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合もあるが,その際には,取り出した薬剤を一緒に服用すべきひとまとまりの薬剤として認識し,個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものと認められる
以上によれば,被控訴人各商品の需要者である医師,薬剤師等の医療従事者及び患者のいずれにおいても,被控訴人各商品に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)から商品の出所を識別したり,想起することはないものと認められるから,被控訴人各商品における被控訴人各標章の使用は,商標的使用に当たらないというべきである。
したがって,被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当するものと認められる。』
2. 商標法26条1項2号該当性(争点3)
『前記2(1)ア認定のとおり,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩に関する部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。
そして,前記2(1)イ認定のとおり,医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
そうすると,被控訴人各商品の需要者である医療従事者においては,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,被控訴人各商品の「有効成分」を表示したものであるとともに,被控訴人各商品には原材料として「ピタバスタチンカルシウム」を含有することを表示したものと理解するものと認められる。
次に,前記2(1)イ認定のとおり,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
以上によれば,被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,商標法26条1項2号に該当するから,控訴人が有する本件分割商標権の効力は,被控訴人各標章に及ばないというべきである。』
検討:
本判決に賛成です。ただし、判旨に一部が疑問あります。
医師,薬剤師等の医療従事者が,原材料として「ピタバスタチンカルシウム」を含有することを表示したものと理解するものと認識し、「ピタバ」がその略称であると理解すると考えます。
しかしながら、患者が,薬を服用する際に「ピタバ」の表示が薬の原材料の含有成分を表示すると理解することはないでしょう。
一方、被控訴人は、
「商標法26条1項6号は,商標は本来的には自他商品等の識別のために使用すべきものであるから,本来保護すべき範囲以上の権利を商標権者に与えるような事態や,当該商標権者以外による商標の使用が必要以上に自粛されるような事態等の発生をあらかじめ防ぐため,いわゆる商標的使用がされていない商標,すなわち,需要者が,取引の時点において,同一の商標が使用されている商品又は役務の出所が同一であると認識できる態様(自他商品識別機能・出所表示機能を果たす態様)で使用されていない商標には,商標権の効力が及ばないことを明らかにしたものと解される。」
と本号の趣旨を説明し,需要者としては、
「患者は,他の医薬品と自ら対比等をすることなく,医師による指示に基づいてのみ医療用医薬品を購入するから,処方箋医薬品の取引者,需要者には含まれない。特に医療用後発医薬品(ジェネリック医薬品)は,先発医薬品(新薬)の特許期間満了後,有効成分や製法等が国民共有の財産となった後に販売される医薬品であり,同じ成分の他社製品が数多く出回ることとなるため,医療機関や薬局の多くは,一つの有効成分に対して後発医薬品を1種類に絞って在庫を準備しているのが現状であり,患者は先発医薬品か後発医薬品のいずれかの購入を希望するかどうかを決定する機会を与えられることはあっても,後発医薬品の中の銘柄を指定又は希望することはできない。」
という理由で、医師,薬剤師等の「医療関係者」のみが,取引者,需要者であると主張しています。
被控訴人の主張は、論理的に矛盾がありません。
控訴人は、
「商標法26条1項6号は,「前各号に掲げるもののほか,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」と規定しており,その文言から,同号が問題となる場面が「取引の時点」に限定されると解する余地はない。たとえ需要者が商品を購入する時点において,当該表示が包装等により需要者の目に触れないとしても,需要者が,当該商品を使用する過程で目に触れる表示であれば,需要者は,当該商品を使用する過程において,当該商品に付された表示を繰り返し目にすることにより,当該商品の出所や品質と当該表示との関連性を認識・評価し,当該表示についてのイメージを形成するから,当該表示は商標として使用されているといえる。」
と主張しています。
商品の識別力は「取引の時点」で発揮されることが必要であると解する,筆者は,上記控訴人の主張に反対であるが,判旨から判断すると、裁判所は,控訴人の主張を採用しているように考えられる。患者は、商品購入時に商品選別の決定権を有する点からは需要者に含まれるが、「服用する際」ではなく、商品を購入する際(「取引の場」)では本件商標を視認することができないため、需要者には含まれないのではないでしょうか。
2015年8月14日金曜日
薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件] (その3)


いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁の判決(知財高裁判 H27・7・23 H26(ネ)10138号)がでました。3件目の高裁判決と思います。
原告(控訴人)は、薬について商標「PITAVA」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。
原審は、東京地裁平成26年(ワ)第772号です。原審では、
『被告各商品のPTPシートに付された「ピタバ」という被告各標章は,医薬品の販売名等の類似性に起因する調剤間違いや患者の誤飲等の医療事故を防止する目的で被告各商品の有効成分がピタバスタチンカルシウムであることの注意を喚起するためにその略称をPTPシートに表記されたものであると認められ,被告各商品のような医療用医薬品の主たる取引者,需用者である医師や薬剤師等の医療関係者及び患者が被告各商品のPTPシートに接したときにも,その耳部分に表示された「トーワ」ないし被告の社名である「東和薬品」の文字やロゴマークと相まって,そのような表記として認識されると認めるのが相当である。
したがって,被告各商品のPTPシートに付された被告各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできない。』
と判旨し、原告の請求を棄却しました。
そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
(1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
(2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。
判旨:
『被控訴人が被控訴人各商品の包装に被控訴人標章1~5又は被控訴人標章6~10を付して被控訴人各商品を販売したことは,商標的使用ではなく,いずれにせよ,被控訴人の行為は,本件商標権を使用する権利(商標法25条)の侵害行為(同法36条1項)又は侵害とみなされる行為(同法37条)には該当しない。』
『被控訴人各商品において『ピタバ』の文字部分が強調されているのは,有効成分の語の特徴的部分を強調することによって,他種の薬剤との混同を可及的に防止するという意義を有するにすぎず,被控訴人各商品の販売名の一部であることを超えて,独立の標章ととらえられるものではない。そして,医師等又は薬剤師などの医療関係者にとって,『ピタバスタチン』又は『ピタバスタチンカルシウム』,あるいはこれを略記した『ピタバ』は,いずれも,出所識別機能又は自他商品識別機能を有しておらず(・・・),また,患者にとっても,『ピタバスタチン』又は『ピタバスタチンカルシウム』,あるいはこれを略記した『ピタバ』は,いずれも,出所識別機能又は自他商品識別機能を有しておらず,結局,被控訴人各商品において出所識別機能又は自他商品識別機能を果たし得るのは,被控訴人各商品のPTPシートの耳部分に表示された『トーワ』又は『東和薬品』の文字やロゴマークであると認められる。被控訴人標章1~10が,患者との関係において,有効成分と理解されているのか,あるいは,販売名と理解されているかはさておいて,これらの標章は,他種の薬剤との混同を防止するという識別のために用いられているのであり(患者にとってみれば,その表示の意義を知らないでも,自分が飲むべき薬か否かの区別がつけば十分である。),他社の同種薬剤との混同の防止,すなわち,出所識別又は自他商品識別のために用いられているのではなく,かつ,そのような機能も果たし得ない。
したがって,被控訴人標章1~10が,本件商標の使用に該当すると認めることはできない。
控訴人の『ピタバ』の文字部分に独立した出所表示機能又は自他商品識別機能がある旨の主張に対しては、『本件商標のように,指定商品の需要者に患者のような一般消費者が含まれる場合に,品質,原材料等の出所識別機能又は自他商品識別機能のない表示と認識され得る標章を,特定の取引業者に独占させることは,当該表示,そして,ひいては当該表示が指し示す原材料等そのものを事実上特定の者に独占させることになるから相当とはいえず,商標法のおよそ予定するところではない。そして,上記(2)に認定のとおり,本件商標の指定商品を取り扱う医師等や薬剤師等は,『ピタバ』を,その成分であるピタバスタチンカルシウムの略記として認識できるのである。』として、控訴人の主張を採用しなかった。
検討:
本判決に賛成です。
被控訴人商品は,PTPシートを包装とする薬剤であり,そのPTPシート包装の各個別の錠剤収容部分(表裏)に「ピタバ」と「スタチンCa」を横書きに上下二段に配して成ります(被控訴人標章)。このような被控訴人標章と本件商標が類似する関係にあり,被控訴人各商品が本件商標権の指定商品と同一であるので,形式的には被控訴人各商品の製造販売は本件分割商標権の侵害(商標法25条,37条1号)に該当します。
しかしながら、被控訴人商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合には,箱に梱包されたままの状態で販売されますから,医療従事者が錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識して購入することはありませんので、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合に,錠剤に付された「ピタバ」の表示が商標的に使用されていないといえます。
患者が被控訴人各商品のPTPシートに付された「ピタバ」の表示を認識すのは,服用の場面のみならず薬を購入する(薬局で薬剤師から薬を渡される)場面もあると考えられますが,その場面における出所表示はPTPシートの耳部分に表示された「トーワ」ないし被控訴人の社名である「東和薬品」の文字やロゴマークです。
そうすると、被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当すると考えます。
2015年7月27日月曜日
薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件] (その2)


いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁の判決(知財高裁判 H27・7・16 H26(ネ)10098号)がでました。2件目の高裁判決と思います。
原告(控訴人)は、薬について商標「PITAVA」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。
原審は、東京地裁平成26年(ワ)第770号です。原審では、
『被告標章は,被告商品の有効成分であるピタバスタチンカルシウムの略称として被告商品(錠剤)に表示されているものであって,その具体的表示態様は,本件商標権の使用許諾を受けているキョーリンリメディオ株式会社のそれと何ら異なるものではない。そうすると,被告商品の主たる取引者,需要者である医師や薬剤師等の医療関係者は,被告商品に接する際,その販売名に付された会社名(屋号等)「明治」に加えて,被告商品のパッケージであるPTPシートに付された「明治」との表示や被告商品に併せて表示されている「明治」や「MS」の表示によってその出所を識別し,錠剤に表示された被告標章は,被告商品の出所を表示するものではなく,有効成分の説明的表示であると認識すると考えられる。
・・・
被告標章の使用は,商標的使用に当たらず,本件商標権を侵害するものではないから,原告の請求は,その余の点につき検討するまでもなく,理由がない。』
と判旨し、原告の請求を棄却しました。
そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
(1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
(2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。
判旨:
『当裁判所は,被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当し,また,商品の「品質」又は「原材料」を「普通に用いられる方法で表示する商標」(同項2号)に該当するものと認められ,控訴人が有する本件分割商標権の効力は被控訴人各標章に及ばないものと認められるから,控訴人の当審における交換的変更に係る請求は,いずれも理由がないものと判断する。』
(1) 被控訴人各標章の商標法26条1項6号該当性(争点1)
知財高裁は、『被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩であることを示す部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。』とし、
『医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「明治」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
一方で,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
また,被控訴人各商品は,医師等の処方箋により使用する「処方箋医薬品」であり(前記1(1)イ(ア)),被控訴人各商品と他の薬剤とが一つの袋にまとめて包装される「1包化調剤」により処方される場合があるが,この場合,患者は,1包化した袋を開封し,その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することはないのが通常である。もっとも,患者は,1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合もあるが,その際には,取り出した薬剤を一緒に服用すべきひとまとまりの薬剤として認識し,個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものと認められる。
以上によれば,被控訴人各商品の需要者である医師,薬剤師等の医療従事者及び患者のいずれにおいても,被控訴人各商品に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)から商品の出所を識別したり,想起することはないものと認められるから,被控訴人各商品における被控訴人各標章の使用は,商標的使用に当たらないというべきである。』
『したがって,被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当する』と認定しました。
(2) 被控訴人各標章の商標法26条1項2号該当性(争点3)
さらに、商標法26条1項2号該当性について、『被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「商品の品質」である「有効成分」又は「商品の原材料」である「含有成分」を「普通に用いられる方法で表示する商標」に該当するものと認められる。』とし、
『患者は,薬剤の効果や副作用について興味を持つことはあるとしても,当該薬剤の化学物質である有効成分の名称が何であるかということには興味や知識を持っていないのが通常であり,また,医師・薬剤師も,患者に対して薬剤を処方するに際し,薬剤の効果や副作用についての説明をすることはあるとしても,通常,当該薬剤の有効成分の名称が何であるかを説明することはないなどとして,取引者,需要者である患者において,「ピタバ」の表示が「有効成分」である「ピタバスタチンカルシウム」の略称を示すものとして一般に認識されているとはいえないから,被控訴人各標章は商標法26条1項2号の商標に該当しない』旨の控訴人の主張は認められませんでした。
検討:
本判決に賛成です。
被控訴人各商品は,錠剤であり,その錠剤に「ピタバ」と記載されています。このような被控訴人各標章と本件商標が類似する関係にあり,被控訴人各商品が本件分割商標権の指定商品と同一であるので,形式的には被控訴人各商品の製造販売は本件分割商標権の侵害(商標法25条,37条1号)に該当します。
しかしながら、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合には,箱に梱包されたままの状態で販売されますから,医療従事者が錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識して購入することはありませんので、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合に,錠剤に付された「ピタバ」の表示が商標的に使用されていないといえます。
また、患者が被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識すのは,服用の場面であって,被控訴人各商品を購入する際に商品を識別する場面ではないといえます。
そうすると、被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当すると考えます。
なお、本判決は、今年4月に施行された改正商標法において新しく設けられた商標法第26条1項6号(商標的使用)が適用されました。控訴人は、原審において商標的使用を請求原因としています。商標法第26条1項6号は、被控訴人(被告)の抗弁という位置付けで立法されていますので、立証責任は被控訴人にありますが、本判決では、裁判所は「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」であることが立証されたものです。
2015年7月10日金曜日
特許庁に提出した書面の返還
しかしながら、出願継続中に、例えば拒絶理由通知に対する意見書の証明書面として提出した契約書(商標使用許諾契約書)の原本は、原則として、返却されません。当該出願が確定後、公文書として取り扱われるからです。
注意が必要です。やはり、最初は、写しを提出すべきです。
なお、この書類を返還すると、再度の審査が必要になります。
返還を希望する場合には、通常の手続補足書ではなく、物件提出書とし、[返還の申出]の返還希望の意思表示をすることが必要です。
詳細は、次を参照ください。
第七章 出願手続Q & A
問19 証明書返還請求(四法共通)
既に特許庁に提出してある譲渡証書や委任状等の証明書の返還について教えてください。
答: 証明書の返還請求は、不備のある証明書を提出したときに、不適法な手続の却下、補正指令、却下理由通知や行政指導の通知(受理しない旨の通知)を受けた際、その不備のある証明書の返還を受け、当該証明書の訂正等行うことにより再提出を簡便にし、手続者の便宜に資するのが適切であることから、以下の証明書返還請求書の提出により行っているものです。したがって、不備のない証明書については返還することはできません。
工業所有権に関する手続等の特例に関する法律施行規則
(物件の提出)
第十九条 電子情報処理組織を使用して特定手続を行う者は、特許等関係法令の規定により当該特定手続に際して特許庁に提出すべきものとされている次に掲げる物件を、第十条の二第一項に規定する事項の入力の後第二十条で定める期間内に、特許庁に提出しなければならない。
(略)
2 前項第一号から第十号まで及び第十二号から第十七号までに掲げる物件を提出する場合は、様式第三十二により、同項第十一号に掲げる物件を提出する場合は、特許法施行規則 様式第二十二によりしなければならない。