2010年9月22日水曜日

鈴鹿へ久しぶりに行きました。


 近鉄の白子駅は変わっていませんでしたが、駅前通り商店街はシャッターが降りている店が目立ちました。
 ステーキやしゃぶしゃぶを食べに良くきた「レマン」はなくなっていましたが、それでも看板には、まだ「レマン」の名前が残っていました。

 コーヒー製品を製造しているAGF鈴鹿工場です。周囲の景色に較べて変わってなくなつかしい風景です。
 ところで、白子あたりの宗教は真宗高田派(浄土真宗)です。そして、普通の人がお経を唱えることができる人の割合は高い方だと思います。

2010年9月11日土曜日

稲刈りをしました。

 私が子供のころ稲刈りは10月であった。今では9月である。原因は品種がコシヒカリに変わったことにあるらしい。そういえば、私が覚えているのは「農林…号」である。9月の稲刈りは暑いのが大変である、特に今年は。手狩りではとてもやっってられない。しかし、上手くできているもので機械が稲を刈り、脱穀までしてくれる。
 田植えのときにも、苗を少しずつとり植え付ける田植機の性能に驚いたが、コンバインも見事なものである。倒れた稲であっても起こして刈り取り、脱穀し藁は後部から排出する。一部人手で刈ることも必要だが、その稲はコンバインを脱穀機として使用して脱穀できる。日本の技術力の高さを垣間見ることができるが、なにせ土地が狭く規模が小さいことは外国(米国)に負ける。
 ところで、岡山産コシヒカリの農協買取価格は、一覧表では確か1等級が10,600円/60Kgであった。魚沼産(21,000円/60Kg)の半分だ。大きな田1枚を実質半日かかって刈りあげたが、その収穫量が640Kg(水分約25%)であった。乾燥するので10万円にならないだろう。田を耕し、苗床をし苗を栽培し、田植をし、雑草を取り、肥料を与え水の管理をする、その他の経費込みであるから、安い。

2010年8月15日日曜日

高尾山

    
ケーブルカー/リフト乗車券付割引往復券を購入して京王線新宿駅から高尾山口駅で下車してケーブルカーで高尾山駅へ、そこから山頂まで歩きました。しかしながら、山頂からの景色は霞んでいて遠くを見渡すことはできませんでした。
南武線で分倍河原まで行って京王線へ乗換というルートもあるのですが、所要時間・運賃ともあまり変わりません。

2010年7月13日火曜日

赤坂の坂(6) 薬研坂(やげんざか)


港区赤坂4丁目と7丁目の境界であり、中央がくぼみ両側の高い形が薬を砕く薬研(やげん)に似ているために名づけられたという。左の写真は北側の坂にある標識。





坂上は青山通り(国道246号線)の赤坂支所前の信号であり、奥に見える木々は赤坂御用地。赤坂ガーデンシティ(2006年1月完成)という高層ビルになっている。2004年の写真はこちら



青山通りから南にいったん下り、さらに登る坂道にもう1つ標識がある。

2010年6月3日木曜日

人形町界隈の散策と「あをき」

地下鉄「人形町駅」のA5を出た所で数人が待ち合わせし人形町界隈を散策した。
ルートは、 「歌舞伎町跡・玄谷店跡・旧吉原跡」→「鳥近」 →「大観音寺」→「玉ひで」→「谷崎潤一郎生誕地」→「牡蛎殻町銀座跡」→「茶の木神社」→「水天宮」→「あをき」 です。
大火とか空襲で焼けたのであろう、史蹟碑が建てられたり、通りの名称が残っている程度であり面影はなかった。
「あをき」は、周囲より低く、外壁がコンクリートむき出しの古風な建物です。「ハモ(鱧)鍋」を食しましたが、小骨は全くなく、おいしくいただきました。価格もリーゾナブルです。今度は冬季にフグ料理を食べたくなりました。

2010年5月17日月曜日

世間と隔離された田舎で田植えをしてきました

高齢の両親ですが稲作農業をしていますので、田植えの手伝をしてきました。
現在では田植機が田植をしますので、楽といえば楽ですが、腰の曲がった母にとって稲を運ぶのは重労働です。
新聞はなく、インターネットは繋げてなく、携帯電話の電波は届かないため、TVが唯一の情報源でしたが、特に何事もなかったと思っていました。しかしながら、帰宅してemailを開けたら、Big Newsです。
早速、新社長を囲む会が企画されていました。奢ってもらうには人数が多すぎます。割り勘です。
        

2010年4月27日火曜日

赤坂の坂(5) 円通寺坂


朝の赤坂サカスは人通りもマバラです。
赤坂サカスの裏には坂があり、その裏(薬研坂から一ツ木通りを結ぶ通り)には、円通寺坂があります。この坂道の上ったところには「圓通寺」(赤坂5-2-39)がありますので、この寺院の名称に由来するのでしょう。